家賃を一度も滞納したことがないのに――87歳、70年暮らした家を追われる

 


2026年9月23日、スペインのサンチェス首相が、ある1人の年金生活者の女性について「容認できない社会的悲劇だ」と述べ、大きなニュースになりました。マリア・デル・カルメンさん(87)は、首都マドリードの、あのユネスコ世界遺産「レティーロ公園」のすぐそばにある賃貸住宅に、なんと70年間住み続けてきました。家賃を滞納したことは一度もなかったといいます。

それなのに、なぜ彼女は家を追われることになったのか。今回は、この出来事をできるだけ分かりやすく整理しながら、私自身が感じたことも率直に書いてみたいと思います。

何が起きたのか、シンプルに説明します

順を追うと、こういうことです。

  1. マリアさんが住んでいた建物を、不動産会社が新しく買い取った
  2. 新しい大家(不動産会社)は、それまでの家賃を一気に3.75倍、月額2,650ユーロ(日本円で約48万円)にまで引き上げた
  3. マリアさんはこれを受け入れられず、不動産会社を相手に法廷で争い続けた
  4. 最高裁判所まで争ったが、最終的に強制退去が確定してしまった

87歳、年金生活者、70年住んだ家、家賃滞納ゼロ――どこにも「追い出されるべき理由」が見当たらないのに、月48万円という金額を払えなければ出ていかざるを得ない。これが、法律上は成立してしまう仕組みだった、というのが今回の出来事の本質です。


なぜこんなことが起きるのか

背景には、スペインが抱える深刻な住宅危機があります。スペインは世界第2位の観光大国で、Airbnbのような民泊の急増によって、住宅が観光客向けの短期賃貸に回されるケースが増えています。その結果、地元の人が長く住むための「ふつうの賃貸住宅」の供給が圧迫され、家賃相場そのものが跳ね上がっているのです。これは、以前このブログでも取り上げた「世界で強まる民泊規制」の話ともつながっています。バルセロナが民泊を全廃する方向に動いているのも、根っこにあるのはまさに同じ問題です。

さらにスペインでは今、こうした理不尽な強制退去を防ぐための住宅関連法案が、与党(左派)と野党(右派)の対立でなかなか成立しません。サンチェス首相は今回、この法案の成立を「共同責任」だと述べ、野党にも協力を呼びかけています。つまり今回のケースは、1つの不動産会社の強欲さだけの問題ではなく、「守るための法律が、まだ間に合っていない」という、制度の隙間で起きた出来事でもあるのです。


ここからは、私個人の意見です

ここまでは客観的な事実整理でしたが、正直に言うと、この話を知ったとき、私はかなり複雑な気持ちになりました。「合法だから仕方ない」で片付けるには、あまりにも人間味を欠いた結末だと感じたからです。70年という歳月は、単なる居住年数ではなく、その人の人生そのものです。近所付き合いも、通い慣れた商店も、思い出も、すべてがその場所に積み重なっています。それを「利回りの計算」だけで奪えてしまう社会の仕組みには、率直に言って、恐ろしさすら覚えます。

一方で、これは決して「遠い国の話」だと切り捨てられない問題だとも思っています。日本は幸い、借地借家法によって借主(住んでいる側)が比較的強く保護されており、正当な理由なく大家の都合だけで契約を打ち切ることは簡単ではありません。しかし、観光地としての人気が高まる都市ほど、民泊や再開発の波が住宅市場に押し寄せるのは、世界共通の流れです。「日本は法律で守られているから大丈夫」と安心しきるのではなく、この仕組みがなぜ機能しているのか、どこまで持続できるのかを、他人事ではなく気にかけておきたい――今回のニュースを読んで、私はそう感じました。


まとめ

マリアさんのケースは、1人の高齢女性の悲劇であると同時に、観光と住宅、経済合理性と人の暮らしがぶつかり合ったときに何が起きるかを、痛烈な形で見せつけた出来事でした。法律や制度は、後から追いつくことがほとんどです。だからこそ、こうしたニュースを「かわいそうな話」で終わらせず、自分たちの街や国のルールを見直すきっかけにできるかどうかが、問われているように思います。

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